第43話 城の石垣の積み方を紹介。小倉城の石垣はどんな積み方?

日本のお城と聞いてイメージするものは、「天守閣」そして「石垣」という方が多いでしょう。

天守閣はお城ごとに違いがありますが、石垣にもさまざまな種類があることはご存じでしょうか。

今回の小倉城ものがたりでは、石垣の積み方を紹介します。石垣は、知れば知るほど奥深い世界です。

石垣の歴史

日本では木材が入手しやすいこともあり、家屋は木造が主でした。

しかし、日本の土地には傾斜地が多く、このような土地を屋敷や農地として使うには、基礎として石垣を積む必要がありました。

これが石垣の始まりといわれています。

戦国時代に入り、16世紀半ばに日本に鉄砲が伝来します。

それまで城の防御には土塁が使われていましたが、鉄砲による攻撃を防ぐために石垣も使われるようになりました。

しかし、石材が入手しにくい関東や東北地方では、引き続き土塁を中心とした防御の形が続いていました。

日本で一番初めの総石垣づくりの城は、1576年(天正4年)に織田信長が建造した安土城(滋賀県)といわれています。

安土城は、石垣に天守の上がる最初の城ともいわていましたが、2019年の調査により、岐阜城にて織田信長が築いたとみられる天守の土台の石垣が発見されました。

ここから江戸時代初期にかけ、日本の築城技術は大きく進歩しましたが、石垣が全国の城に広がることはありませんでした。

関東地方で総石垣の城といえば、江戸城(東京都)、小田原城や石垣山城(ともに神奈川県)くらいしかありません。

その理由は、石垣の材料となる花崗岩が関東では手に入りづらかったとも、徳川家康が自領内に石垣の城を築かせなかったからだともいわれています。

石垣の積み方

それでは、石垣の積み方について説明しましょう。

石垣の積み方には、石の加工の具合による分類、積み方による分類など複数の分類方法があります。

石の加工の具合による分類

まずは石の加工の具合による分類を見てみましょう。

野面積(のづらづみ)

野面積(のづらづみ)は、加工されていない自然石を積み上げていく技法で、石垣が登場しはじめた頃に多く使われていました。
形も石質も不揃いな自然石を積み上げているため、一見崩れやすそうに見えますが、重力による移動、転落を防げるように組み合わせているので、崩壊する可能性は限りなく低いといいます。
石と石の間に生まれるすき間を足がかりに敵に侵入されることのないよう、すき間に「間詰石(まづめいし)」と呼ばれる小石を詰めています。
小倉城の石垣はこの野面積で積み上げられています。その他、浜松城(静岡県)や竹田城(兵庫県)などで見ることができます。
その他、浜松城(静岡県)や竹田城(兵庫県)などで見ることができます。

打込接(うちこみはぎ)

打込接(うちこみはぎ)は16世紀後半に多くの城郭建築で使われていた技法で、石を割った状態のまま使う積み方です。

1600年(慶長5年)に起こった「関ヶ原の戦い」以降によく使われたそうです。

特徴は、野面積よりも高くて急な石垣を造ることができること。

打込接で積み上げられた石垣は、姫路城(兵庫県)や津山城(岡山県)などで見られます。

切込接(きりこみはぎ)

切込接(きりこみはぎ)は、加工した石材を積み上げていく技法です。

見栄えも美しく、また石と石の間にすき間がないため強度も抜群です。

ただし、すき間がないため排水も不可能に。排水口が設置されています。

切込接が使われた石垣は、江戸城(東京都)や徳川時代の大坂城(大阪府)、名古屋城(愛知県)などで見ることができます。

ここで、ぜひ覚えていただきたいのが、ひとつのお城に積み方は一種類とは限らないということです。

例えば、岡山城では野面積、打込接、切込接の3種類の積み方が確認できます。また、松江城(島根県)では野面積と打込接が、丸亀城(香川県)では野面積と切込接が用いられています。

積み方による分類

積み方による分類方法もあります。

ある程度高さが揃った石材を用いて継ぎ目を通すのが布積み(整層積み)、大きさの違う平石をさまざまな方向に組み合わせ、積み上げる方法が乱積み(乱層積み)です。

小倉城では乱積みが採用されています。

外観による分類

石垣は外観による分類されることもあります。算木積み、谷積み、亀甲積み、玉石積み、笑い積みなどに分類されます。

さいごに

小倉城の石垣は野面積みで乱積みです。建設当時そのままの姿が残っています。

使われている石のほとんどが足立山から運ばれたそうです。

その他、北九州市内で石垣を見ることができるのが、門司区の和布刈公園にある門司城跡と八幡西区の城山緑地公園黒崎城跡。お近くにお立ち寄りの際はぜひご覧ください。

参考文献:北九州市ホームページ、丸亀城、津山城など紹介したお城のホームページ
文:成重 敏夫

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