第9話 武蔵は遅刻しなかった?「巌流島の戦い」での武蔵と小次郎

小倉城天守閣前の広場に設置されている宮本武蔵と佐々木小次郎のモニュメント、そして天守閣3階にある、小次郎になりきって武蔵の人形と対決できるフォトスポット。

これらはいずれも、慶長17年(1612年)に行われた「巌流島の戦い」をイメージしたものです。
この「巌流島の戦い」で宮本武蔵が勝利したことは知っていても、この「巌流島の戦い」がなぜ行われたかは知らない、という方が多いのではないでしょうか。

今回は、この「巌流島の戦い」がどういう経緯で行われたのか、そして両者はどんな武器を使用したのか、この二点を中心に説明いたします。

なお、「巌流島の戦い」にまつわる話には諸説ありますことをご了承くださいますようお願いいたします。

「巌流島の戦い」が起こった理由は?

そもそも、なぜ宮本武蔵と佐々木小次郎は巌流島で戦ったのでしょうか。

小倉北区赤坂の手向山公園(たむけやまこうえん)には、武蔵の活躍が記されている「小倉碑文」が建てられています。

この「小倉碑文」には「岩流云 以真剣高請決雌雄」と記されており、岩流(小次郎)のほうから決闘を申し出たことがわかります。ただし、なぜ小次郎が武蔵に決闘を申し入れたかについては記述がありません。

一方、武蔵の伝記「武公伝」「二天記」での記述は異なります。

剣術に卓越した技能を持つ小次郎を小倉藩藩主の細川忠興が高く評価し、そのことを耳にした武蔵が、忠興や細川家筆頭家老の松井興長に、小次郎との決闘を申し出たとされています。

「巌流島の戦い」で宮本武蔵は遅刻していない?

宮本武蔵の伝記「二天記」には、武蔵が決められた決闘の時刻に大幅に遅れたことが記されています。

一般に伝えられているのは、武蔵は小次郎を焦らすべくわざと一刻(約2時間)も遅刻したという説です。

しかし「小倉碑文」には「両雄同時相会」とあり、武蔵は遅刻していないとのこと。

武蔵が遅刻したというのは「二天記」を基にした吉川英治の小説「宮本武蔵」での描写であり、それが定着したものといわれています。

宮本武蔵と佐々木小次郎が「巌流島の戦い」で手にした武器は?

それでは、この「巌流島の戦い」で宮本武蔵と佐々木小次郎の両名はどのような武器を使用したのでしょうか。

小次郎の武器については、「小倉碑文」に「岩流手三尺白刃来」と記されており、小次郎は三尺(約1メートル)の長刀(ながだち)を手にしていたようです。他の史料には、この長刀があまりに長いことから「物干し竿」と呼ばれていたと書かれています。

小倉城天守閣の3階には、小次郎の刀を再現した真剣が展示されています。

一方、武蔵は「小倉碑文」において木刀を使用したとされています。

しかし、木刀の本数や長さははっきりとしておらず、得意とする二刀流で戦ったとするもの、一刀で戦ったとするものなど諸説存在します。

なお現在、全国各地に武蔵が作った木刀といわれるものが伝えられていますが、伝承の大部分で「『巌流島の戦い』では武蔵が木刀一本で戦った」とされています。

「巌流島の戦い」決着は?

「巌流島の戦い」で宮本武蔵が佐々木小次郎を破ったことは多くの方がご存知でしょう。

小倉碑文にも「不顧命尽術 武蔵以木刀之一撃殺之」とあり、小次郎が武蔵の振り下ろした木刀の一撃で落命したことがわかります。

しかし、決闘の推移については小倉碑文にも記されておらず、諸説存在します。

映画や小説などで見られる、武蔵が小次郎に放った「小次郎敗れたり!」という有名な言葉も、実際には怒鳴っているのではなく、嘲り笑うように語りかけたとするものもあります。

まとめ

「巌流島の戦い」には諸説ありますが、その分いろいろと想像がかきたてられる出来事です。

関連する書籍で、さまざまな「巌流島の戦い」を知ると、さらに興味が湧いてくることでしょう。

小倉城天守閣3階のフォトスポットにある武蔵の人形は、飛び上がった武蔵がまさに木刀を振り下ろす瞬間のものです。

ぜひ小倉城で「巌流島の戦い」を“体験”してみてください。

巌流島へのアクセス

小倉城の最寄り駅・JR西小倉駅やJR小倉駅から、JR門司港駅まで鹿児島本線に乗車します。所要時間は約15分。
JR門司港駅から徒歩3分の門司港桟橋(マリンゲートもじ)から関門汽船の「巌流島連絡船」へ乗船。巌流島までの所要時間は10分です。

運行ダイヤなど、詳細は関門汽船のホームページにてご確認ください。
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参考文献:
川口 素生「佐々木小次郎―出自・つばめ返し・巌流島の真実」
アーツアンドクラフツ 2002年

文:成重 敏夫
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